茶産地ではその昔、茶づくり自慢の茶師のことを天狗と呼んでおりました。
静岡有機茶農家の会の愛称「駿河天狗」は、茶づくりへの自信と誇りが由来です。

 

静岡有機茶農家の会は、
有機栽培で最高の茶づくりを追及する勉強会。
県下の自園茶農家が集い、様々な角度から技術を磨いています。

日本の有機農業運動の歴史を担う
会のメンバーの紹介

 

やいなばの有機茶園/塚本忠紹
静岡県藤枝市谷稲葉。大学生の頃レイチェル・カーソンの「沈黙の春」に影響を受け有機栽培に取り組む。また、父親の戦争による毒ガス体験から「人体に有害なものは使ってはならない」という教えを受けたことも大きく影響している。有機栽培歴50年余り。茶の生態への深い知識で力強い茶葉を育てる。剣道七段の剣士でもある、潔い茶人。


 

ほんやまの有機茶園/斉藤勝弥
静岡県静岡市葵区西又。ほんやま茶発祥の地、藁科川上流域の有機茶園。ほんやま産地の18代目。茶栽培を追求する中「本当のおいしさは有機栽培でなければ作れない」と確信し、有機農業に没頭する。長年の栽培管理のデータの蓄積と微生物の研究による、他に類のない栽培技術で伝統本来のほんやま産地の魅力を有機栽培で引き出している。茶づくりのプロとして「ホンモノを伝える」姿勢を崩さない。
 
 

りょうごうちの有機茶園/岩崎光雄
静岡県静岡市清水区。興津川上流域の山の中。自然の川霧が直射日光を遮り、爽やかな香気を生み出します。まるで桃源郷のような自然あふれる山の茶畑。水車小屋があった頃の、祖父が作るお茶の香りに魅せられ、共同工場が盛んだった当時の時代の流れに反し、自園自家製造の茶づくりを復活させ有機栽培を貫いてきた。日本の有機農業運動の走りの世代。「お茶は心」というのが口グセの山の民。





りょうごうちの有機茶園/岩崎忍
岩崎光雄の長男。20歳のころから製茶を学ぶ。丁寧な仕事が評判が良い。現在は父の茶を更に高めるべく、栽培の勉強に励み、地域最高の味わいと香りを追求。2009年、イタリアの有機農業村バレーゼ・リーグレで山間地の有機農業をテーマとした国際交流に参加。





すけむねの有機茶園/飯塚武司
50年余り前から、紅茶づくりに取り組む。国内最長歴の紅茶製造歴の茶園。「緑茶と同じお茶の樹から紅茶ができるのなら、自分でも作れるのかしら?」と、摘んだ生葉をポケットの中にいれて、醗酵させながら手で揉んでみた。時折、ポケットから茶葉を出して観察をするうちに、発酵茶への興味が増し、紅茶づくりにのめり込む。緑茶から紅茶まで、茶の製造技術に定評のある茶職人。現在は、長男の製造をサポートするために、畑仕事の段取り担当中。
 
 


すけむねの有機茶園/飯塚稔
飯塚武司の長男。有機にこだわる父親の意思を継ぎ、有機農業に取り組む。国産紅茶にも力を注ぎ、国内外で評判が良い紅茶が自慢。すべての茶は、栽培による生葉の品質に作用されるため、紅茶には紅茶用の栽培研究を行い、土壌管理に取り組んでいる。近年は、てん茶炉も増設し、有機抹茶の原料であるてん茶の製造にも取り組んでいる。


南條美和子
静岡有機茶農家の会事務局
有機栽培茶研究家
日本茶インストラクター



木原義行
静岡有機茶農家の会顧問
有機食品コンサルタント

会の歴史とその背景

静岡有機茶農家の会の歩み
 

1970~75年頃
有機づくりの黎明期
「有機でお茶を作るなどよっぽどのバカか変わり者」。
そう言われていた時代です。
当時の農業指導に反し、農薬や化学肥料を使わない茶づくりには敵視されることさえありました。
有機栽培という言葉が一般に認知されておらず、1袋のお茶を販売するために2~3時間の説明を要することも珍しくありませんでした。
茶農家は、お茶を車に積み、東京の公園で開催される市に出向いたり、安全な食を求める消費者団体に働きかけたりしながら、顔の見える関係をコツコツ築いてきました。日本の有機農業運動の走りの時代、有機茶づくりに取り組む若き茶農家たちを支えたのは、公害問題や環境問題に関心を持つ首都圏の主婦層でした。
「農薬を使わないお茶なら、私たちが買うから頑張りなさい」
その言葉に励まされながら、「自分の畑には自然界や人体に有害なものは一切使用しない」という強い信念のもと、有機茶づくりに取り組んできました。直接お客様と向き合う中で、「美味しい」「美味しくない」という率直な声に触れ、悔しさを原動力に、試行錯誤と失敗を重ねながら、有機による本当においしい茶づくりを目指し、模索しながらがむしゃらに頑張ってきました。


 

1990年頃
「静岡有機茶農家の会」発足
そんな時、同じ静岡県で、「有機茶づくりに取り組む者同士、顔を合わせていろんな話をしてみようじゃないか」と声を掛け合い集まる機会がありました。集まった茶農家は自らの茶畑と茶工場を持つ有機専門の自園茶農家たちです。栽培から茶づくり、袋詰めまでを一貫して行う彼らにとって、有機茶づくりに必要なのは強固な個人の意志ひとつ。同じ気持ちで同じように茶づくりと販売に苦労してきた者同士の集まり。これが「静岡有機茶農家の会」のはじまりです。
発足以来、毎月定期的に集まり、様々な角度から勉強会や情報交換、討論会を行い、共に有機茶づくりを向上させて参りました。当時、有機茶の栽培技術に関する情報はほとんど存在せず、互いの知見を持ち寄る学びの場は極めて重要でした。また、先進的な有機栽培の指導者から、茶の生態や科学的根拠を学ぶ機会にも恵まれました。これらの積み重ねが、現在のお茶の品質の礎となっています。
やがて、会の取組が評価され、会のお茶を一括して扱う販売店も現れ、活動は栽培研究にとどまらず、商品企画や販売戦略へと広がってきました。
 

1995年頃
「有機=安全」から「有機=美味」へ
有機栽培という言葉が徐々に社会に浸透し、消費者の食の安全への意識も高まってきました。
一方で、
安心・安全だけではダメ、有機だからこそ美味しくなければならない、という意識が生産者の間で高まり、「有機=品質」という新たな価値の追求が始まります。
ひと昔前の「有機だから形も悪い、味もイマイチ」そんな時代からの脱却が始まりました。
当会も「有機で最高のお茶を作る」という高い目標を掲げ、研究と技術向上に一層力を注ぐようになりました。


 
2001年
有機JAS法施行
有機JAS法の施行により、有機農業は制度として確立されました。
当会の生産茶農家は皆、認証を取得しました。
ますます高まる食の安全性から、販売店様にお茶を出荷するにあたっても既に多くの書類や仕様書が必要となっており、加えて有機認証の書類や更新のための検査など、茶農家も書類作業が一段と増えてきました。これまで安心・安全な食を求めるクローズドマーケットや自然食品店でしか扱われていなかった有機茶ですが、一般の販売店様からも扱いたい、と声をかけられるようになってきました。
当会では「有機茶の普及」を重要なテーマとして掲げ、
これからの方向性を議論することも多くなってきました。


 
2004年
販売体制の強化と法人化
有機茶づくりに賭けた年月分の自信と誇りを胸に、「有機茶の普及」を本格的に活動していくために、会のお茶の販売窓口を統一し、事務局を法人化しました。茶づくり以外の業務負担を軽減することで、農家が茶づくりに専念できる環境を整備。商品の開発、パッケージ刷新、新規販路の開拓、情報発信など、「伝える力」の強化にも取り組みました。


 
2005年
スローフード運動との出会い
イタリアスローフード協会の国際理事がご来園され、こう述べられました。
「現在の日本茶は、栽培する農家と製茶するメーカーに分業化されている。このような製造工程が、農薬や化学肥料の使用を増大させ、環境を汚染し、本来安全であるべき食を危険にさらしている。これはワインが抱える問題と同じだ。同時に地域固有の味覚を消滅させつつある。」
そして「このような問題を解決するひとつの手法として、日本の有機自園茶を国内外に広くPRする行動を起こすことが必要だ」と提言されました。
これを受けて、「日本の有機自園茶を広めよう!一園逸茶」運動が企画され、静岡有機茶農家の会がその中心的な役割を担うことになりました。


 
2006年
国際舞台へ
イタリア・トリノで開催されたスローフード国際イベントに招聘され、日本茶のワークショップとお茶会を行って参りました。日本茶のイベントは、高い評価を受けその後も語り継がれる存在となりました。


 
2007年
茶術の継承
かつて、茶産地の奥深くで茶の葉を見つめ、研究を重ねてきた先人のお茶いれの技を身に付け伝承すべく、「茶術の勉強会」をスタートさせました。「いかにおいしくいれるか」という技術に焦点を当て、形式ではなく、お茶の本質を引き出す技(わざ)としてのお茶いれを追求します。


 
2008年
全国規模の有機茶勉強会
全国の有機茶農家に声をかけ、本格的に全国版の「一園逸茶の勉強会」をスタートさせました。
日本の有機茶農家は全国に少数が点在していますので、全国の有機茶系の生産者が集まる勉強会は
その開催自体が難しい現状です。そのような、地域を越えた学びの場として、国内初の試みとなりました。


 
2009年
国際有機農業交流
イタリアの有機農業村、ヴァレーゼリーグレにて中山間地の有機農業をテーマとした国際交流に参加。海外からの評価が高まり、日本茶の国際展開への意識を強く持つようになります。
同時に、お茶は離れが進む日本において、日本文化を守り、茶づくりを未来へ繋ぐために、日本茶の再発見の重要性も再認識されました。「昔の人は、お茶に特別な思いを寄せて生活に取り入れてきた」という農家の言葉を、今こそ、見つめ直していきたいです。


 
2011年
東日本大震災、原発事故
放射能被害は静岡茶にもおよびました。
当会では率先して放射性物質検査を実施。自分の茶畑の状況を把握するため、消費者のために放射性物質の検査に前向きな考えでした。ところが、当会の茶畑から静岡茶初の規制値越えが判明。静岡茶は大打撃を受けました。しばらくは厳しい状況が続くと覚悟を決め、会では様々なことに取り組みました。まずは、放射能対策を強化。これまでの有機栽培技術を応用し、いち早く土壌から放射性物質不検出にまで除染。東日本大震災を経験したことで、国内の環境循環にも今まで以上に目を向け、より食品工場から出る残渣などを利用した肥料を使う取り組みをしました。
それにより施肥設計も変え、一層の品質向上に努めました。
復活には今まで以上の品質を!品質で復活したい!という茶農家の強い思いがあり、勉強会にも拍車をかけこれまでの栽培研究を基盤に、消費者の皆様に喜んでいただけるお茶商品の開発に取り組みました。


 
2014年
有機栽培による高品質の確立
科学的根拠を伴う有機栽培ならではの、高ビタミン茶葉の栽培を実現し、商品化しました。
有機質の肥培管理のみで、一般の栽培を上回るおいしさと栄養価を示すお茶を作り上げたこの技術は、世界的にも有機栽培のトップレベルにあります。
化学肥料では作れないおいしさと栄養価を持つ、新しい日本茶の始まりです!
有機茶手揉み勉強会スタート
有機栽培の高品質茶葉を伝統の手揉み製法で揉む。
伝統の手揉み製法の勉強会を立ち上げました。
基本の手揉み製法を学び製茶技術にも役立て、更なる品質向上を追求します。


 
2018年-2019年
海外プロモーション
農水省の助成事業として、EUへ向けての有機茶プロモーションに参加。
イギリス・フランス・ドイツにて、有機栽培による高品質茶葉をPRしました。
パリのユネスコ本部にて開催された「クリエイティブな日本の旅展」にも参加しました。
翌年は、スイス、アブダビ、ウィーン、ラスベガスにてプロモーションを展開しました。
六園逸茶の勉強会スタート
長年継続してきた「一園逸茶」の勉強会が一区切りを迎えたことを機に、継続研究を希望する有志農家、6茶園による「六園逸茶の勉強会」がスタートしました。


 
2020年
コロナウィルスによる世界的パンデミック
海外プロモーションによってつかみかけた、EU展開の糸口が突然閉ざされることとなりました。
国内でのイベント活動も控えざるを得ない状況となりましたが、その分、茶畑に向かう時間を大切
にしながら、急速に進むオンライン化の波に乗り、勉強会にzoomを活用するなど、新たな在り方を模索しました。


 
2023年
静岡市有機茶検討会発足
当会の事務局も委員に就任しました。
「みどりの食料システム戦略」に伴い、行政も茶業界も、有機栽培への取組みを進める方向性が示されました。茶産地は、どこも慣行栽培が主流ですから、有機化への障壁が高いのも事実です。まずは意識の変革が求められます。


 
2025年
有機茶栽培の研究発表
有機茶栽培の先駆者として、有機茶栽培の理論と基礎技術を広く公開しました。
当会の事務局・有機茶研究家の南條美和子が、SOFIX農業推進機構、静岡県有機茶研究会、静岡市農業政策課に向けて、30年にわたる研究成果を発表しました。
ジャパン・フード・セレクション・グランプリ受賞
静岡有機茶農家の会の代表作「駿河天狗の養生煎茶」が、消費者目線の食の評価でグランプリを受賞。これにより、消費者が認める有機茶品質、及び研究発表の成果を世の中に示すことができました。


 
2026年
高齢化問題
いよいよ高齢化による茶づくりの継続困難が目前に迫って参りました。当会の4茶園のうち2茶園の担い手は既に70代を迎え、生産者の高齢化とともに、機械の老朽化も進んでいます。
これは当会だけの問題ではありません。静岡市の茶農家数は減少の一途をたどっており、日本農業が抱える課題と深く重なっています。長年守り続けてきた有機茶づくりを、いかに未来へ繋いでいくか、その問いを胸に、日々思案を重ねています。